福祉と建築オンライン交流会「社会福祉法人を地域に開く歩み」イベントレポート

2024年8月7日、オンラインで開催した福祉と建築オンライン交流会「社会福祉法人を地域に開く歩み」。これまで福祉と建築は建築家との協働を軸にイベントを重ねてきましたが、今回はあえて法人サイドだけで、事業者が日頃抱える悩みを率直に語り合う一夜としました。登壇したのは、仙台でライフの学校を率いる田中伸弥さん、群馬・吉岡町の薫英会で新拠点を構想する大林喬充さん、福島・いわきの五彩会でデイサービスを立ち上げたばかりの岩谷一良さん。規模も立場も、福祉建築のフェーズもそれぞれ異なる三者が、「地域に開く」ことのリアルを持ち寄りました。

三者三様の「現在地」

ライフの学校 ― 震災から始まった「開く」(田中伸弥)

仙台市若林区、海沿いに建つ特養を運営するライフの学校。田中さんが「開かなきゃ」と痛感した原点は、東日本大震災でした。避難所となった施設に地域住民が身を寄せたとき、「入ってみて初めてここが老人ホームだと知った」という人が7〜8名いたといいます。開かれているはずの社会資源が、門をくぐらなければ何をしているか分からない――。2016年の社会福祉法改正で「地域における公益的な取組」が社会福祉法人の責務として位置づけられたことも後押しに、田中さんは施設と地域を隔てる生垣を切り、庭を地域とのワークショップで設計し直しました(津久井やまゆり園の事件を機に壁を壊した愛川舜寿会の実践へのオマージュでもある)。屋上の物置は地域に開かれた図書館・学習支援室へ、就労継続支援B型のカフェと技能実習生のシェアハウスを重ねた「ウェルカムカフェ」を開き、この4月には特養・看護小規模多機能・保育園が一体となった六郷キャンパスを新設。施設と地域の垣根だけでなく、施設内の部署の垣根も壊していく、と語ります。

薫英会 ― 人口が増える町の、都市型の課題から(大林喬充)

群馬県吉岡町。前橋・高崎・渋川に囲まれたこの小さな町は、県内でも珍しく人口が増え続けています。しかし大林さんが見つめているのは、「新しい家が建っても誰が住んでいるか分からない」「子どもは増えているのに見かける機会は減った」という、都市型の地域課題でした。44年続く納涼祭や「誰でもフェスタ」で人を招き入れ、内臓疾患でスポーツ少年団に入れなかった一人の子どもの相談から始まった芝生広場の遊び支援は、いまや20名ほどが集う場に育っています。さらに、福祉とまちづくりを考える社内ワークショップと地域ヒアリング、有志による「吉岡井戸端ベース」を経て、住民の声を7つのカテゴリーに整理。その一つ「子どもの居場所」を手がかりに、公園の隣に介護・放課後等デイ・保育・地域に開かれたスペース・駄菓子屋などを備えた、常設の居場所となる福祉建築を構想しています(現在、基本設計の段階)。

五彩会 ― 「よそ者をうちに招き入れる」(岩谷一良)

福島県いわき市小名浜。岩谷さんは「地域に開く」を、自分の言葉で「よそ者をうちに招き入れること」と定義します。理由は二つ。一つは、世界が限定されることの喪失感を防ぐこと。全寮制の高校で「森の中に学校だけ」という三年間を過ごした原体験から、外に出られないのなら外の人に来てもらえばいい、と考えます。もう一つは「役割のスイッチ」。祭りで園児に世話をされる高齢者は、ふだんケアされる側でありながら、その瞬間は誰かに何かをしてあげる側になる。よそ者がそこにいるだけで、役割はいとも簡単に反転する。月一のマルシェ、コットンのワークショップ、そして先々月オープンしたデイサービス「パライソサロン」(ピラティスや甘酒、足湯を取り入れた「健康美」がコンセプト)。まだ道半ばだと言う岩谷さんは、「イベントから、よそ者が当たり前にいる日常へ、どう移していけるか」という問いを場に投げかけました。

イベントから日常へ ― 「特別視しない」ということ

岩谷さんの問いに、田中さんはこう返します。毎週土曜にプログラムがあるライフの学校は、よそ者から見ればイベントでも、法人にとっては「門戸を開いている状態が日常」。特別なことをしている感覚はない、と。「そもそも特養の中こそ非日常。認知症の方ばかりが集まっているという属性の集まり方が非日常なので、むしろ施設の側が社会の日常に戻ってくる」。頻度ではなく、開くことを特別視するかどうか――議論はそこへ向かいました。田中さんが誰でも入れるカフェを設けたのも、看取ったご家族が「ライフの学校と知らずに」コーヒーを飲みに来てリピーターになるような、想定を超えたつながりを生むためでした。

組織をどう動かすか

「地域に開こう」と言葉で伝えても、それを共通言語にするのは難しい。大林さんは、巻き込みたい人を選んで一緒に視察へ行き、帰りの車の中で「ああだったよね」と語り合いながら意識を醸成してきたと言います。田中さんの法人には本部に「運営企画室」があり、各キャンパスに地域と施設をつなぐコミュニティマネージャーを配置。参加は手上げ制です。急遽登壇した理学療法士の岡崎恵さんは、「トップダウンより、多職種が集まる運営企画室からの発信のほうが一般スタッフに響く」「始める前は閉ざしていた人も、イベントが始まると自然と関わってくる」と現場の実感を語りました。田中さんは「関わりたくない人がいて当たり前。理念への共感は必要だが、違いはやるかやらないかだけ」と締めます。

お金の話 ― 「未来への投資」と、情報を開くこと

地域に開く場所は、居室を増やすより儲からない。この矛盾にどう向き合うか。田中さんはそれを「未来への投資」と捉えます。社会福祉法人は非課税であるからこそ、地域資源へ投下する責務がある――。とはいえ現実は厳しく、2014年以来ずっと黒字だった法人が、カフェと六郷キャンパスの新築が重なった昨年、初めて赤字を計上したと明かしました。「赤字は良くない。ただ、守りの赤字でジリ貧になるより、こういう地域にしたいという投資なら回収できる」。そして、決算や個々の支出を職員に丁寧に開示すること自体が、経営者意識と安心を育てると語ります。大林さんも「厳しいが未来への投資」と応じ、報酬改定の地域区分について市町村へ要望書を出し、引き上げてもらった経験を共有。岩谷さんは、これまで黒字を続けてきた法人で「なぜやるのか」という素朴な疑問は理解できるとしつつ、「換算できない価値」への思いを語りました。

家業を継ぐこと、土地を読むこと

田中さんからは、家業として法人に入った大林さん・岩谷さんへ、「祖父や父が築いた歴史を継ぎながら新しいことをする難しさ」への問いも投げかけられ、二人が承継の葛藤を率直に語る場面もありました。土地の選び方について田中さんは、建築家との協働で学んだ最大のこととして「土地のリサーチとフィールドワークの大切さ」を挙げます。マーケットの数字だけでなく、その土地の歴史を深掘りする。実際、ライフの学校の新規拠点は、いずれも城跡――つまり大きな災害がなく、昔からのコミュニティが残ってきた場所だといいます。

資材高騰のなかで、何を優先するか

建築費が高騰するなか、何を優先し、何を諦めるか。田中さんの答えは明快でした。津波浸水区域ゆえの垂直避難場所など「命を守る建築」は削れない。一方、各ユニットに数百万円かかる薪ストーブは却下し、後から設置できるものは削る。床暖房のように後付けが難しいものは優先する。「余白を残して、運営しながら肉付けしていく」。建築でやらなければと思っていたことが、実は家具で叶うこともある――その気づきも共有されました。

おわりに ― 楽しくやりたい

「楽しくやりたい、に尽きる」。田中さんのこの言葉が、この夜を象徴していました。暗い話にもなりがちだけれど、楽しくなければ職員も地域の人も面白くない。建築の力も、福祉の力も借りて、地域を少しでも元気にしていく。ファシリテーターの大谷は、「みんな悩んでいる、と分かったことが何より嬉しかった」と振り返ります。規模も地域も違う三つの法人が、それぞれの現在地から差し出した実感は、これから「開く」に踏み出す事業者にとっての、確かな手がかりになるはずです。

登壇:田中伸弥(社会福祉法人ライフの学校 理事長)/大林喬充(社会福祉法人 薫英会 常務理事)/岩谷一良(社会福祉法人五彩会 デイサービス管理者) 進行:大谷匠

登場人物
大林喬充
社会福祉法人 薫英会 常務理事
1987年、群馬県生まれ。大学卒業後、ウェディング・セレモニー業界にてプランナー、営業マネージャーなどを経験。父親の急逝をきっかけに、祖父が創設した社会福祉法人 薫英会へ2016年に参画。生活支援員、特養の介護職等を経て、現在同法人 常務理事 兼 障害者支援施設 薫英荘 施設長。地域を考える「よしおかイドバタベース」を運営。
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岩谷一良
社会福祉法人五彩会 デイサービス管理者
都内百貨店で社会人人生をスタート。4年後、当初の人生設計にはなかったものの、運命の歯車が回るかのように地元・福島県いわき市に戻り、家業である社会福祉法人五彩会に入る。現在は新規事業である通所介護事業所の管理者を務めながら、法人の次なる進むべき方向を思案中。
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田中伸弥
社会福祉法人ライフの学校 理事長
1981年、秋田県角館町生まれ。大学卒業後、ケアの現場で介護/支援相談員として働く。2011年に現法人の特別養護老人ホーム施設長、2013年に同法人常務理事に就任。2019年6月より現職。
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大谷匠
看護師 / 福祉と建築 代表 / 医療法人医王寺会 理事
看護師。医療法人医王寺会 理事。看護大学卒業後、株式会社シルバーウッドにて、厚生労働省 社会・援護局補助事業 介護のしごと魅力発信等事業の事業責任者・沖縄県八重山郡での訪問看護事業・VRを活用した企業向けDiversity&Inclusion研修等を担当。2022年4月からは、医療法人医王寺会にて医療福祉の複合施設の企画・運営や訪問診療・訪問介護の運営等を行う。
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