福祉と建築オンライン交流会「子どもが育つ環境とは何か」イベントレポート

2024年8月22日、オンラインで開催した福祉と建築オンライン交流会「子どもが育つ環境とは何か」。良い保育を行うための空間とは何か。空間が子どもの発達に良い影響を与える環境とは何か。そして、いわゆる「ダメな保育」が起きにくい空間とは何か――。かなり大きく構えたテーマを掲げた今回は、保育の側から建物を考え続けてきた研究者と、建築の側から保育の現場に越境してきた研究者、そして現役の保育園長という三者が、それぞれの立場から語り合いました。90分の対話を振り返ります。

登壇したのは、社会福祉学の博士で植草学園大学教授の小川晶さん(保育を専門とし、設計段階から保育園づくりに関わる)、早稲田大学人間科学学術院教授の佐藤将之さん(建築学出身で、子どもの行動観察をもとに保育環境を研究)、そして福祉と建築の運営に携わりながら小規模保育園の園長を務める檜田恭平です。進行は、福祉事業者であり保護者の立場も持つ大谷が務めました。

保育の側から建物を見る ― 小川晶さんの視点

小川さんが建物に関わるようになったきっかけは、「子どもたちがよりよく育つために、質の高い保育をしてほしい」という一点にあります。やらなくていいことをやらず、やらなければいけないことをやる。そう見つめ続けた結果、たどり着いたのが建物でした。相談として持ち込まれるのは、昭和50年代に建てられ、子どもの人数も保育への考え方も大きく変わったのに建物だけが変われずにいる園。「非常に保育しにくい」という声から、どうすれば質の高い保育がしやすくなるのかを、20年ほど考え続けてきたといいます。

その思考の核にあるのが、乳幼児期の子どもに必要な「最大限の心地よさ」です。お腹が空いた、排泄したい――そうした不快を快にするときに求められるのは、保育者の関わりの速さや穏やかさ、丁寧さ。そして、それが叶えられやすい建物と、叶えられにくい建物がある。さらに、快になった状態を持続させるための「環境設定」(清潔で衛生的、安全で心地よさが続く状態)がしやすいかどうかも、建物によって変わってきます。

保育所保育指針は、保育室を「くつろぎの場」と規定しています。ここで小川さんが強調したのは、それは子どものくつろぎの場であって、大人のくつろぎの場ではないということ。建物をつくり、考えるのは大人であるがゆえに、いつのまにか大人中心の建物になりやすい。だからこそ、保育者が怠けずに子どもへ丁寧に関われるような「仕掛け」――いわばナッジ――が建物に組み込まれていてほしい、と語りました。「いつも建物に助けてほしいと思っています」。

行動を可視化する ― 佐藤将之さんの視点

建築学科の出身で、学部時代から「保育園に通う日数のほうが多い」ほど現場に入り込んできた佐藤さん。示したのは、子どもの動きを地道に記録したデータでした。登園直後の40分ほどを姿勢ごとに記述してみると、床に座ったり寝転がったりしている時間が多い。そこから導かれるのは、「どうせロッカーの横で座ったり寝転んだりするのなら、はじめからそういう居場所をつくればいい」という発想です。窓の外に登園してくる友達が見える、ロッカー脇の小さな居場所。奇をてらったように見えて、実は子どもの心理や行動に寄り添った設えなのだと言います。

もうひとつ、佐藤さんが重ねて語ったのが参加型のワークショップです。海外の事例では、保護者や教員が粘土や模型を囲んで熱心に配置を議論する。日本でも、平面図の縦横比をそろえる、付箋で要望を出す、旗を立てて「これだけは外さない」優先順位を示す――といった工夫で、設計のプロセスに現場の声を織り込んでいく。ただし佐藤さんは、ワークショップが「やった」というアリバイで終わる危うさにも触れました。大切なのは、出てきた要望そのものより、その裏に隠れた「理由」。「ここでくつろいでほしい」という理由まで掘り下げてこそ、別の形の答えも見えてくる。要望を一度すべて出し、優先順位を整理するプロセスにこそ価値がある、という指摘です。

さらに、遊具づくりのような「建築未満」の実践も紹介されました。段ボールで高さを試し、DIYで衝立を量産する。夢中で絵を描く子の横をロッカーへ物を取りに来る動線が横切れば、その集中は途切れてしまう。だからこそ、遊びの領域と生活の領域をゆるやかに分ける衝立が要る。子どもが「やってみよう」と思え、夢中になれる状態を保証すること。それを建築や物理的な環境が支えるのだ、と佐藤さんはまとめました。

クロストーク ― 現場から、運営から

大人がくつろぐ、ということ

「大人のくつろぎの場ではない」という小川さんの言葉に、佐藤さんは北欧の休憩室の話を返します。おしゃれな空間でコーヒーを飲む保育者に理由を尋ねると、「だって私たちが落ち着かないと子どもたちも落ち着かないでしょう」とさらり。子どもを真ん中に置くことが大前提でありながら、その子どもがくつろげる場をつくるために、大人こそ主体的に動き、時にくつろぐ必要がある。二人の議論は、対立ではなく「子ども中心を第一にしながら、大人のことも考える」という一点で重なっていきました。小川さんは、大人が自分のくつろぎを優先し子どもが置き去りになる保育、時間どおりに日課を済ませるために子どもの試行錯誤を早めに刈り取る保育が、不適切な保育へと転じやすい危うさにも言及しました。

「ダメな保育」を誘発しない環境

現場の立場から檜田は、環境に「助けてもらう」ことと「丸投げする」ことの違いを語りました。子どもが自分たちで遊んでいるのをいいことに、大人がゆったりしてしまう。それは環境に頼った良い保育とは別物だ、と。小川さんは、より構造的にこう整理します。不適切な保育は、子どもの生活動線と保育者の保育動線がフィットしていないときに必ず起きる。動線が長く、スムーズでないと、保育者は子どもをコントロールしようとし始め、ご褒美で誘導する「シール保育」のような関わりに傾く。死角の多い間取りでは、目や気配で子どもを感じられず、発達上必要な姿さえ保証しにくくなる。だからこそ、子どもの生活動線をまず設計し、そこに無理のない保育動線を重ねることが要になる、と話しました。

広さ・天井高の「一長一短」

「広い部屋がいい」という要望も、保育動線が長くなれば保育者を苦しめます。天井の高さも同じで、音環境・空気環境・他者視点の獲得など、それぞれにメリットとデメリットが呼応する。二人が共有したのは、「広い・狭い・高い・低い」を何を基準に言っているのかを問い直すという姿勢でした。子どもにとってちょうどよい寸法があるはずで、その根拠を言葉にしていくプロセス自体が、保育の質の向上につながる。佐藤さんは「環境ごとのメリットとデメリットをたくさん並べておき、それを見ながら保育者と議論する準備が要る」と語りました。

機能別か、ゾーニングか

食べる場所と寝る場所を分ける「食寝分離」は、建築を学ぶと必ず習う基本。一方で、部屋を完全に分けてしまうと、子どもを一斉に動かす「流す保育」になりがちだ、と小川さんは指摘します。同じ部屋の中で、なんとなく食べるところと寝るところが見渡せるようゾーニングしておけば、まだ食べたい子・眠りたい子それぞれの欲求に、一人の保育者が無理なく応じられる。佐藤さんも、ロッカーを保育室の外に出し「アート部屋」のように機能で空間を分ける園など、多様なあり方を紹介しました。仕切りが要るのは、ひとつの空間に複数の機能が混ざるからこそ。大前提となる保育の計画があって、はじめて空間の答えが決まるという点で、議論は一貫していました。

「くつろげるお膝」をつくる ― おわりに

子どもが最もくつろげる場所は、大好きな先生の膝の上――。小川さんのこの言葉が、この日の対話を象徴していました。忙しそうにせず、どこにも立っていかない先生の膝。それを個人の努力や才能に委ねるのではなく、「くつろげるお膝」を生み出せる構造をつくること。そうでなければ、保育はいつまでも個人芸のままになってしまう。小川さんは「いい保育をするために建物に助けてほしい。一緒にいい建物をつくってくれる人をいつも募集しています」と呼びかけました。

佐藤さんは、建築を「一発で問題を解決するもの」と構えてしまうことへの注意を促します。日頃から段ボールや家具で小さく試し、環境を少しずつ変えていく――そうした日常の積み重ねがあってはじめて、建物を建てるときにも力を発揮できる。「ちょっとしたことからぜひ始めてほしい」。檜田も、どこでやっても個人芸にならないよう全体のスキルを上げていく大切さに触れ、この日の学びを結びました。

建築と、建築未満の実践と、ケアの専門職による環境設定。それぞれの専門性が越境し、交わり合うところに、子どもが育つ環境の輪郭が見えてくる。大きく構えたテーマにふさわしい、福祉と建築らしい90分となりました。

登壇:小川晶(植草学園大学教授・社会福祉学 博士)/佐藤将之(早稲田大学人間科学学術院教授)/檜田恭平(保育園 園長・福祉と建築) 進行:大谷匠

登場人物
佐藤将之
早稲田大学人間科学学術院 教授
1975年秋田生まれ。秋田高校、新潟大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。江戸東京博物館委嘱子ども居場所づくりコーディネーター、東京大学大学院教育学研究科非常勤講師等を経て現職。「心を育てる保育環境」(小学館)で、こども環境学会論文著作奨励賞を受賞。ほか近著に「まちづくり仕組み図鑑」(日経BP)など。
この人の記事一覧 →
小川晶
社会福祉学 博士
植草学園大学発達教育学部 教授。「保育・幼児教育・子ども家庭福祉辞典」(2021年、中編者/ミネルヴァ書房)、「和光市保育の質のガイドライン」(2024年、監修/埼玉県和光市)など。
この人の記事一覧 →
檜田恭平
保育園 園長
2017年に大学を卒業後、保育士として現場の業務を6年務める。2020年から福祉と建築に参加。現在は福祉と建築の運営と小規模保育園の園長として、保護者支援や、より子どもの最善の利益を保証できる物的・人的環境の整備などに注力している。
この人の記事一覧 →
大谷匠
看護師 / 福祉と建築 代表 / 医療法人医王寺会 理事
看護師。医療法人医王寺会 理事。看護大学卒業後、株式会社シルバーウッドにて、厚生労働省 社会・援護局補助事業 介護のしごと魅力発信等事業の事業責任者・沖縄県八重山郡での訪問看護事業・VRを活用した企業向けDiversity&Inclusion研修等を担当。2022年4月からは、医療法人医王寺会にて医療福祉の複合施設の企画・運営や訪問診療・訪問介護の運営等を行う。
この人の記事一覧 →

各名前をクリックすると、その人のプロフィールと、関連する記事・プロジェクトの一覧に移動します。

← 記事一覧へ戻る

取材・寄稿のご相談

掲載してほしい実践や、書いてほしいテーマがあればお知らせください。

お問い合わせ