「インクルーシブ」をカタチに。「シェルターインクルーシブプレイス コパル」を訪ねて
山形県山形市内を車で走っていると、蔵王連峰の緩やかな稜線に溶け込むように「シェルターインクルーシブプレイス コパル」が現れます。2022年の開館以来、人口24万人の地方都市において年間20万人、累計60万人を超える人々が訪れたこの場所は、児童遊戯施設として多様な子どもたちを受け入れています。
2026年3月15日に行われる社会的処方EXPO「居場所と参加のデザイン by 福祉と建築」にてトークセッションに登壇いただく佐藤奈々子さん(合同会社ヴォーチェ代表/社会福祉法人ヴォーチェ理事長)と、館長である色部正俊さんに、コパルを案内していただきました。
「インクルーシブ」をカタチに
「インクルーシブ」という言葉は、昨今、耳当たりの良いスローガンとして消費されがちです。しかし、「シェルターインクルーシブプレイス コパル」では、「インクルーシブ」を体で感じることができます。



全長210メートルの「巨大スロープ」
敷地内・建物内に入って先ず目に入るのは、その優しい傾斜です。コパルの象徴とも言えるこのスロープは、単なる「移動手段」ではなく、建物そのものを「遊び場」に変えていました。コパルではスロープをメイン動線とし、徒歩でもバギーでも、歩くこと・移動することが楽しくなります。安心とワクワク、2つの感情を受け止めるインクルーシブなデザインです。
「掘り下げられた床」
館内に一歩入ると、視線が屋外の地面より少し低くなっていることに気づきます。これは、床面をあえて90cm下げることで、窓の外に見える車の往来やアスファルトなどのノイズを消し、蔵王の山並みと空だけが視界に入ってくるように設計されているためです。これにより、「車椅子に座った子ども」と「立っている大人」の視線が、同じ風景を共有することができます。
「あえて小さなリスクを残す」
体育館エリアには、現代の安全基準からすると「危ない」とさえ思える、不規則な段差や斜面が点在しています。「コパル」では、リスクと安全のバランスが丁寧に設計されています。子どもたちは自らの身体能力に合わせて「どこまでなら登れるか」を判断します。過保護なフラット化を避け、自分の限界に挑戦できる環境を作ることで、危険察知能力や主体性を育んでいるのです。
日本初「車椅子ごと乗れるブランコ」とバケット型シート
屋外・屋内の遊具には、滑り台やブランコも誰でも使用できるようなものが選ばれています。これまでは「見ているだけ」だった遊具に、みんなと一緒に参加できる。能力に応じて「選べる」選択肢(普通のブランコ、バケット型、車椅子用)が並列して存在することで、「私もいてもいいんだ」という安心感を醸成していました。
触覚と音で導く「素材の切り替え」
視覚障害のある子や、特定の感覚に敏感な子への配慮が、床にも溶け込んでいました。点字ブロックを敷き詰める代わりに、床の素材(木、ゴム、コンクリート)や、叩くと音が鳴る「音の鳴るベンチ」などが配置されています。これは足裏の感触の変化や、音の響きによって「今どこにいるか」を察知するための設計です。




計画の出発点
このようなインクルーシブな空間は、「誰でも受け入れる」という耳障りの良い言葉で生まれたわけではないと、館長である色部正俊さんは語ります。「すべての人」を対象に設計を考え始めると、平坦なデザインに落ち着いてしまう。例えば、机の高さを一つ決める際、車椅子の利用者、小さな子ども、大柄な大人、それぞれにとっての最適解は異なります。すべての人を等しく満足させようとした結果導き出されるのは、誰にとっても「そこそこ」でしかない場所になってしまいます。

コパルの設計において重要だったのは、「Yちゃん」という一人の少女を笑顔にするという目的でした。医療的ケア児であり、気管切開をし、常に人工呼吸器とともに移動しなければならない彼女は、小学校2年生になるまで「滑り台」を経験したことがなかったそうです。
このYちゃんを「滑り台の頂上に」ということを目標に、設計思想を拡張していく。「点が面になり、面が立体になる」というプロセスだったと、佐藤さんと色部さんは語っていました。完成した後、Yちゃんが楽しむ時間をつくることができたのはもちろん、Yちゃんのために作られた緩やかな傾斜は、ベビーカーを押す母親にとっても、足腰の弱い高齢者にとっても、そしてただ走り回りたい子どもたちにとっても「心地よい道」となりました。一人のための切実な設計が、結果として多くの人を受け止める空間になっていったのです。
インクルーシブは広がる
一人の物語から始まったインクルーシブデザインは、多様な人の心を動かしたと佐藤さんはいいます。ある日、72歳の女性が、体育館で孫とボールを追いかけて転倒するという小さな事故が起きました。安全管理の観点からは問題視されるべき事象かもしれませんが、スタッフたちはその報告を、どこか誇らしげに受け止めました。普段なら決してボールを蹴ることなどないはずの高齢者が、この空間のエネルギーに当てられ、思わず体が動いてしまった。安全を最優先にして「何も起きない」場所を作るのではなく、挑戦したいという意欲がリスクを上回る場所を作る。これこそが、建築が人間に与える最高のギフトです。
また、210メートルのスロープを歩いた全盲の男性は、「山を散歩しているみたいだ」と語りました。点字ブロックを敷き詰めることだけが答えではありません。素材の切り替え、風の通り方、音の反響。それらすべてをデザインに組み込むことで、目に見えない人にも空間の広がりと移動の自由を感じさせることができる。コパルの細部には、そうした「見えないバリア」を取り除くための執念が宿っています。
さらに、この建物は「社会のセーフティーネット」としても機能しています。引きこもりから脱却できずにいた青年が、コパルの「アテンダント(ボランティア)」として関わり、子どもたちの無邪気な声に救われ、役割を得ていきました。

「シェルターインクルーシブプレイス コパル」が示すのは、単なるスローガンとしての「誰でも」ではなく、1人のニーズを核としたデザインから生まれる「ここにいてもいい」という安心感でした。一人の物語から始まった切実なデザインを「点から面、立体」へと拡張していく協働のプロセスこそが、多様な人々が自然と集い、参加し続けられる真の居場所を形作るのだと実感しました。
社会的処方EXPO2026
福祉と建築は、一般社団法人プラスケアが主催する社会的処方EXPO2026にて、「参加と居場所のデザイン」と題して、トークセッションと展示企画を行います。テーマは『居場所はデザインできるのだろうか』。
日時:2026年3月15日(日)11:00(開場10:30)〜20:00 会場:川崎市コンベンションホール(神奈川県川崎市中原区小杉町2-276-1/JR南武線・東急東横線 武蔵小杉駅 徒歩4分)
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