第2回「福祉と建築 -知る・つながる・やってみる-」イベントレポート

2020年7月5日、オンライン(ZOOM)で「第2回 福祉と建築 ―知る・つながる・やってみる―」を開催しました。約110名にご参加いただき、前年の第1回で出会った建築家と福祉事業者による新たな取り組みを、2本の基調講演、4組のクロストーク、5組の建築家ピッチを通して共有しました。ケアと建築の交差点で、いま何が起きているのか。その一日を記録として振り返ります。

「ケアは新しい科学であり、新しい芸術です」。よりよいケアのためには、そこに内在するクリエイティビティを引き出す空間や環境が欠かせません。福祉事業者と建築家との出会いが、明日のケアを変えていく――そんな願いを込めた一日でした。

基調講演①「ケアの原理」/ 飯田大輔(社会福祉法人 福祉楽団 理事長)

飯田さんは「原理はそう頻繁に変わるものではない」と前置きしたうえで、ケア(介護・看護)を「科学」として捉え直すことから話を始めました。医学が病気を「病変(取り除くべきもの)」として見るのに対し、ケアは病気を「回復過程」として捉える。死の間際にある人にも、何らかの回復しようとする力が働いていると人間を見つめることが出発点だ、と言います。

ナイチンゲールを引きながら示されたキーワードが「生命力の消耗を最小にする」こと。これは体力の消耗を最小にすることとは違います。寝かせきりにすれば体力は消耗しませんが、その人が持つ力・生命力は失われていく。安静が必要な場面もあれば、歩くことが生命力を守るケアになる場面もある。同じ38.5度の発熱でも、体温が上がっていく局面(血管が収縮し顔色が青くなる)では保温を、下がっていく局面(発汗し顔色が赤くなる)では水分補給・着替え・冷却を――。ケアの専門性は、この思考過程と判断のなかにあるという指摘が印象的でした。

だからこそ、ケアのエビデンスは統計ではなく「人体の構造と機能」にある。そしてケアはチームで実践されるものだから、「生命力の消耗を最小にする」という共通の物差しをチームで共有することが不可欠だ、と語られました。後半はICF(国際生活機能分類)へ。障害は個人の中にあるのではなく、少数派の個人と社会環境との「間」に存在する。5cmの段差を乗り越えさせるのではなく、段差をなくせばよい。つまり建築や空間のあり方が、障害の概念さえ変えうる――「合理的配慮」の本質が、建築の話へとつながっていきました。

基調講演②「建築が癒すとは」/ 長澤泰(東京大学 名誉教授)

飯田さんのICFの話を受け、長澤さんは「社会の側が歩み寄れば、人は障害者ではなくなる」と応じ、医療福祉が行われてきた「場」の歴史をたどりました。古代ギリシャのアスクレピオス神殿(楽しく過ごす療養の場)から、修道院、ペスト下の隔離施設を経て、第4の波として登場するのがナイチンゲールです。

長澤さんはナイチンゲールを「最初の病院建築家」と位置づけます。『病院覚書』の第一条件は「患者に害を与えないこと」。新鮮な空気・光・室温を供給し、1ベッドあたり約40立方メートルの空気容積、ベッド間隔1.5mを確保する――換気は窓で行い、「窓は開けるために、ドアは閉めるために作る」。これらはすべて経験から導かれた原理でした。

環境が人を癒すことは、研究でも裏づけられています。ウルリッヒの研究(1984年)では、緑が見える病室の患者は、レンガの壁しか見えない病室の患者より術後の在院日数が短く、鎮痛薬も少なかった。近年注目される「バイオフィリックデザイン」もこの流れにあります。一方、20世紀後半の病院は機能と効率を求めて中央化が進み、長澤さんの言葉を借りれば「身体修理工場」のようになった。

だからこそ21世紀は、「病院(病の家)」から「憩院(そこに行くと半分治ってしまう場)」へ。イギリスでは「Health is made at home. Hospitals are for repairs(健康は家でつくられ、病院は修理する場所)」と言われる。各家庭のベッドを病床と捉え、ICT/IoTでケアを届ければ、医療や福祉は施設から地域・自宅へと開かれていく――コロナ禍でその未来が一気に近づいたことを実感した、と締めくくられました。

クロストーク① 庭の嫁入り ― ライフの学校 × トミトアーキテクチャ

社会福祉法人ライフの学校の田中伸弥さんと、トミトアーキテクチャの冨永美保さん・林恭正さん。特別養護老人ホームの、生垣で囲われて中の見えない庭をどう開くか。担当した林さんは施設に約1ヶ月ホームステイし、朝は庭で作業し、夜は図面を描く生活のなかで設計を進めました。

合言葉は「庭の嫁入り」。この地域に引っ越してきた住民が手入れしてきた庭木や石、梁だった丸太、臼などを、施設の庭へ「引っ越し」させる。最初からつくり込むのではなく、関わる人の思いが集まって育っていく庭です。工事も利用者と一緒に。90歳を超える利用者がデッキから外へ歩み出た瞬間、石積みを「いいね」と何度も繰り返し褒めてくれたこと――認知症の方の「繰り返し」を煩わしさではなく「何度も同じ感想を持ってもらえるありがたさ」として受け取り直す視点が、福祉と建築が出会った醍醐味として共有されました。

クロストーク② 紙の上のまちづくりと、ずぶ濡れの現地調査 ― シンクハピネス/緑風会 × ツバメアーキテクツ

ツバメアーキテクツの山道拓人さんが、性質の異なる2つのプロジェクトを紹介。ひとつは、理学療法士でシンクハピネスの糟谷明範さんとの「村づくり」。カフェや訪問看護、居宅介護支援を営む多摩のエリアで、関係者とワークショップを重ね、今の活動をまとめた「5年後」と、建て替えを含む「10年後」の2枚の風景画を描きました。「作って壊す」を続けてきた糟谷さんらしく、紙の上で議論をオープンにすることが、街の未来を考えるプラットフォームになっています。

もうひとつは、社会福祉法人緑風会の酒井啓江さんとの介護老人保健施設の大規模改修。カーテンウォールの雨漏りに、他社が「調査に時間もお金もかかる」と及び腰になるなか、山道さんはホースを持ち込みずぶ濡れになりながら原因を可視化。介護保険以前に建てられ今のケアに合わない施設を、現場の介護職・理学療法士と車椅子対応のトイレまで具体的に議論して直していきました。酒井さんが繰り返し語ったのは「私とコミュニケーションが取れなければ、職員とも取れない」。事業者と建築家のコミュニケーションが第一だと改めて感じたセッションでした。糟谷さんの「あえて居心地の悪い場所も試す」、酒井さんの「鍵を高所に、ではなく尊厳との“間”を探す」という言葉も心に残ります。

クロストーク③ 本人視点でつくる高齢者住宅 ― シルバーウッド(下河原忠道 × 堺万佑子)

ここは同じ社内に事業者(代表・下河原忠道さん)と建築家(堺万佑子さん)がいる会社。高齢者住宅「銀木犀」を12棟、入居率98%で運営してきました。福祉を前提にするのではなく事業として持続させ、同時に徹底して「本人視点」でつくる。全館ヒノキの床、共用部はクロスを使わず塗装。当初は反対された選択が、いまでは銀木犀らしさになっています。

駄菓子屋や「恋する豚研究所ランチテーブル」で入居者が働く仕組みをつくると、帰宅願望のあった方がぴたりと落ち着いた例も。ホーム内でのお別れ会や、住み慣れた部屋での看取り――かつて地域や家にあったものを、住まいのなかに取り戻す試みが語られました。「目的は運営すること、建築ではない」。当たり前に聞こえて、レイヤーが変わると目的がずれてしまう。その目的を事業者と設計者で一致させることの大切さが印象的でした。

クロストーク④ 生きる塊と、終えていく人が隣り合う ― ほっちのロッヂ × パトラック

長野県軽井沢町の「ほっちのロッヂ(診療所と大きな台所があるところ)」を営む藤岡聡子さんと、設計を手がけたパトラック(安宅研太郎さん)。3万8千平米の森のどこに建てるかから始まり、既存の福祉の言葉(通所介護・病児保育…)をあえて使わず、家庭科室・工作室・文庫のような「小さな場所が集合した」空間として構想されました。

建設前に在来の植生を約600トレイに避難させて外構に復元し、魅力的な丘は「ヤッホーの丘」と名づけて保全。窓の外には、利用者を“患者”ではなく“作家”として捉え直す「窓の外の美術館」。隣接する軽井沢風越学園にとっての「よい地域」であろうとする姿勢――そして藤岡さんが繰り返したのは、「生きる塊のような人たちと、生を終えていく人たちが、互いの存在を知っている」空間をつくりたいという願いでした。安宅さんが敷地全体という大きなスケールから場を考える姿勢と、深く響き合っていました。

建築家ピッチ ― 5組の実践

後半は、福祉建築に限らず「いま聞いてほしい」建築家5組によるピッチ。

  • 大垣優太(U設計室)/京丹後市の児童養護施設「テラスフォーム」。事情があり親と暮らせない子どもたちの「普通の家」を目指し、施設らしさを解体して三つの家に分節。地域との交流も生まれています。
  • 能作淳平(ノウサクジュンペイアーキテクツ)/国立市のシェア商店「富士見台トンネル」。働く場が不足するベッドタウンに、時間ごとに店主が入れ替わる場を。均質な「統一的開放」でも「市場的開放」でもない、持ち寄る「共同的開放」を実践。
  • 伊藤孝仁(AMP/PAM、UDCO)/『分解の哲学』『ハレ・ケ・ケガレ』を手がかりに、「作る」より「修理・ケア・終わり方」に目を向ける視点を提示。空き家の「家開き」や公共施設の再編を、まちをケアする営みとして。
  • 笠置秀紀・宮口明子(mi-ri meter + 株式会社小さな都市計画)/「都市がケアする」。新宿の歩道を拡張する社会実験「新宿ストリートシーツ」や、座布団を持って街に座るワークショップで、街を身体化し、都市に“ケアされる”感覚を取り戻す。
  • 金野千恵(teco)/ネパールの半屋外の居場所「パティ」を原風景に、神奈川の「春日台センターセンター」を構想。大屋根の下に福祉と暮らしがマーケットのように集まり、個室から街へとグラデーションでつながる場を、5年をかけて育てています。

おわりに

「ケアの原理」と「建築が癒すとは」という二つの原理から始まり、4組のクロストーク、5組のピッチへ。通底していたのは、環境が障害や暮らしのあり方を左右すること、そして事業者と建築家が時間をかけて対話し、一緒にビジョンを育てることの大切さでした。登壇した建築家の多くが口をそろえたように、彼らは「悩んでいる段階から一緒に考える仲間」を求めています。

福祉事業者や専門職と建築家が出会い、知り、つながり、やってみる。その積み重ねが、明日のケアをより良いものにしていく。福祉と建築は、これからもその伴走者でありつづけます。

本イベントは、SHIP(ヘルスケアコミュニティ/株式会社omniheal 運営)主催のもと開催されました。当日の詳しい記録は、主催者によるイベントページもあわせてご覧ください。

登場人物
田中伸弥
社会福祉法人ライフの学校 理事長
1981年、秋田県角館町生まれ。大学卒業後、ケアの現場で介護/支援相談員として働く。2011年に現法人の特別養護老人ホーム施設長、2013年に同法人常務理事に就任。2019年6月より現職。
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飯田大輔
介護福祉士/社会福祉法人福祉楽団 理事長/千葉大学非常勤講師
1978年千葉県生まれ。東京農業大学農学部卒業。日本社会事業大学研究科修了。千葉大学看護学部中途退学。千葉大学大学院人文社会科学研究科博士前期課程修了(学術修士)。2001年に社会福祉法人福祉楽団を設立。特別養護老人ホームの生活相談員や施設長を経て、現在、理事長。2012年に障害のある人の仕事をつくるための事業として株式会社恋する豚研究所を設立、現在、代表取締役。介護福祉士、社会福祉士。
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林恭正
建築家
1994年東広島市生まれ。2018年ドレスデン工科大学建築専攻特別派遣研究生を経て新潟大学建築学博士前期課程修了。2019〜2023年横浜の設計事務所 tomito architectureチーフアーキテクト。2024年、建築を軸に歴史・文化・慣習を編集し新たな価値を創造・発見する株式会社ArchTankを設立。「福祉と建築」副代表。
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大谷匠
看護師 / 福祉と建築 代表 / 医療法人医王寺会 理事
看護師。医療法人医王寺会 理事。看護大学卒業後、株式会社シルバーウッドにて、厚生労働省 社会・援護局補助事業 介護のしごと魅力発信等事業の事業責任者・沖縄県八重山郡での訪問看護事業・VRを活用した企業向けDiversity&Inclusion研修等を担当。2022年4月からは、医療法人医王寺会にて医療福祉の複合施設の企画・運営や訪問診療・訪問介護の運営等を行う。
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