第4回「福祉と建築 〜知る・つながる・やってみる〜」イベントレポート
2024年9月7日、東京大学 福武ホールとオンラインをつないで、第4回「福祉と建築 〜知る・つながる・やってみる〜」を開催しました。二年ぶり、4回目となる今回は、福祉事業に携わる方や建築家を中心に、会場とオンラインで500名を超える方にご参加いただきました。基調講演2本、建築模型・企業展示、クロストーク2本、そして交流会からなる半日を振り返ります。
基調講演1|ケアの本質は「生活を整える」こと(飯田大輔)

社会福祉法人福祉楽団理事長の飯田大輔さんは、「そもそもケアとは何か」を科学の視点から問い直しました。介護や福祉は「熱意」「利用者本位」といった情緒的な言葉で語られがちですが、それだけでは間違った実践に気づけない。大切なのは「良い介護(グッド介護)」を実現することであり、そのためには人間の心と体の仕組みを理解しておく必要がある、と飯田さんは言います。
人間には本来、回復しようとする力(回復過程)が備わっている。介護とは、その回復過程が促進され、生命力の消耗が最小になるように「生活を整える」実践だと飯田さんは定義します。だからこそ、個別性を尊重する前に、まず人間一般に共通する仕組みを理解することが要になる。たとえば発熱。同じ38.5度でも、体温が上がっていく局面では保温(湯たんぽ)が、下がっていく局面では冷却が理にかなう。一律に冷やすのは、体の構造からすると合理的ではない。あるいは室内の空気。匂いは抽象的なものではなく空気中を漂う「物質」であり、換気ができていない証拠でもある。「窓は外とつながるために、ドアは空間を仕切る=閉じるために作られた」という原則も紹介されました。水分補給も浸透圧の知識があれば、梅干しに白湯を注いで潰すといった、その人の生活感に根ざした工夫が生まれる。
介護とは小さな配慮の積み重ねである。生活(換気・排泄・食事・清潔)を整えることが、心と体を整えることにつながる。虐待を受けた子どもにまず必要なのも、温かい食事と気持ちのいい風呂と安心して眠れる寝床かもしれない――。そして最後に、飯田さんは建築へこう投げかけました。福祉施設は目的ではなく手段であり、生命が「閉じたら死ぬ」ように、施設もまた閉じれば死ぬ。細胞膜のような「半透性」をどう建築的にデザインするか。半透膜をつくるのは建築家の仕事であり、そこに圧=力を与えていくのが福祉実践家の仕事だ、と。
基調講演2|住宅と福祉は、かつて一体だった(大月敏雄)
東京大学教授で建築計画を専門とする大月敏雄さんは、住宅政策と福祉政策の百年をたどりました。建築計画は施設ごとに専門分化し「縦割り」になりがちで、住宅と福祉もいまや完全に棲み分けている。しかし百年前は、両者は一緒に営まれていた――というのが講演の核でした。
1911年に東京・浅草の大火を機につくられた玉姫公設長屋は、日本初の公的住宅と呼ばれますが、住むだけでなく、商店・浴場・託児所・職業紹介所までを備えた、きわめて福祉的な団地でした。「焼けたのは家ではなく街なのだから、街を取り戻すのが復興」。関東大震災後の同潤会も、仮設住宅に授産場(職業訓練の場)や託児所を設け、江東・猿江のスラム改良では、住民が畳の縁やござをつくって手に職と収入を得て、それを別の復興住宅の改修に使うという循環まで生んでいた。これらは当時、内務省社会局が住宅と福祉を同じ部署・同じ予算で担っていたからこそ可能だった、と大月さんは指摘します。ところが戦争によって「家しか作らない」時代が続き、戦後は住宅政策が土木・建設側へ移り、住宅と福祉は袂を分かった。
大月さんは、憲法25条(生存権・ナショナルミニマム)に基づくウェルフェアから、憲法13条(幸福追求権)に基づくウェルビーイングへと重心が移りつつあるのではないか、と展望します。国の基準を待つのではなく、「鍋の底」から落ちそうな一人ひとりに寄り添い、13条から25条へ一緒に歩んでいく。釜石で実現したコミュニティケア型仮設住宅(ケアゾーンとサポートセンターをバリアフリーでつなぐ)や、空き家の棚貸しカフェ、家の前に椅子を置く「みんなの椅子」といった、身近で安価な実践も紹介されました。「これは福祉でしょうか、建築でしょうか。そんな言葉の問題ではなく、街を楽しくするにはどうしたらいいか」を考えることだ、と。
建築模型・企業展示 ― 各地の実践が集う
各セッションの合間には、出展者によるショートピッチが行われました。AMP/PAM(伊藤孝仁)による「社会的資源の営繕」、ビューロ021のノビシロハウス亀井野、PERSIMMON HILLS architectsの宝松院観音堂、伊藤潤一建築都市設計事務所と千葉大学 伊藤潤一研究室の児童養護施設、ナノメートルアーキテクチャーの「スープタウン」、b.i.n木村敏建築設計事務所のスマイル畑・歩き出す、ユカワデザインラボの白鷺こども図書館うたの森、早稲田大学 佐藤研究室の研究展示、そして企業展示として、転んだ時だけ柔らかい床「ころやわ」(Magic Shields)、飛騨産業、トーカイ。福祉と建築が交わる最前線の実践が、模型やパネルとともに会場を埋めました(出展者一覧はイベント概要ページに掲載しています)。
クロストーク1|ケアの科学とクリエイティビティの間で(飯田大輔・大月敏雄・村瀬孝生)

宅老所よりあいを営む村瀬孝生さんは、長い自己紹介として、認知症を抱えたお年寄りとの日々を語りました。制度の外、たった一人のお年寄りから始まった実践。行きたくない人にどう来てもらい、7〜8時間をどう共に過ごすか。「学会があります」と声をかけて車に乗ってもらう――そんな「マジの嘘」の話や、入院先で抑制され食べなくなったトメさんが、よりあいで自分のペースを取り戻し、やがて「ケアされる側」から「人のお世話をする側」へと反転していく物語。短期記憶がなくても、繰り返しが習慣となり、いつしか「帰る」と言わなくなる。その傍らに人と時間とお金を注ぎ込んできた、と村瀬さんは言います。
議論は「科学的介護」への違和感へ。国が推奨する実証性・再現性・客観性と、ケアの現場はどうしても相性が悪い。「今日は風呂に入れるぞ」と目的を持つほど抗いが生じ、むしろ偶然性に支えられたときの方が介護は楽しい。主観的に生きる人には、こちらも主観的に向き合ってこそ関係が結ばれる。一方で村瀬さんは、科学の本質が「発見の喜び」であるなら、ケアもまた発見の喜びであり、そこにクリエイティビティとの親和性がある、とも語りました。人材育成をめぐっては、大月さんが、科学では還元しきれない「技(社会技術)」を一緒に経験し伝えることの大切さを、村瀬さんが、朝の申し送りで負の感情も含めて肉声を出し合い、聞き続けることで、集団に「このお年寄りにこのタイミングで行くとまずい」という共有が自然と生まれる、と応じました。団地論(階段室型の低層団地の方が高層マンションより人間にとって豊か、という大月さんの持論)や、25条と13条をめぐる現場からの問いも交わされました。
クロストーク2|地域を読み解き、福祉を行う(馬場拓也・伊藤孝仁・猪瀬浩平)

社会福祉法人愛川舜寿会の馬場拓也さんは、2016年を転換点として語りました。津久井やまゆり園の事件、大学院での学び、そして地元・春日台のスーパー閉店。事件の直後、施設と地域を隔てる壁を取り、庭を地域に開いた。かつての遊び場だったスーパー跡地は、住民延べ1000人以上とのワークショップを経て、地域共生文化拠点「春日台センターセンター」(洗濯代行「洗濯文化研究所」やグループホーム、放課後等デイを併設)へと生まれ変わった。困難を抱える人たちが街の中心にいて、いつでもポジティブなハプニングが起きる日常を、建築家・金野千恵とともに設計してきた、と話します。
文化人類学者の猪瀬浩平さんは、見沼田んぼ福祉農園での25年を、「分解」という概念とともに語りました。廃棄された農地に多様な人が集い、土地の生業や知恵につながる営みを続ける。玉ねぎ小屋の再建プロジェクトでは、鉄パイプとトタンという簡易な素材ゆえに、障害のある人も、子どもも、朝鮮学校の保護者(解体業の方)も「作り手=施工」に加わることができた。デザインの受け手としてだけでなく、空間をつくる主体に多様な人が入る「インクルーシブな建築」の可能性が示されました。建築家の伊藤孝仁さんは、横浜のシェアハウス「カサコ」を例に、ケアする側・される側が固定されず反転する場のつくり方を紹介。「弱さ」を否定して強化するのではなく、手間のかかる街路樹のように、弱さこそが人と人をつなぐ契機になる、と語りました。
三人が共有したのは、福祉の現場が都市の「際(きわ)」――波打ち際のように変化の大きい場所に多くあること、そしてそこで数十年営みを続けてきたからこそ見えてくる地域の文脈があること。ゼロから大きなものをつくるのではなく、朽ちていく資源や街を「読み解き」「耕し」、壊れていくところをどうケアするか。そう捉えると、建築と福祉は同じ営みのように重なって見えてくる――。「地域を読み解き、福祉を行う」というテーマにふさわしい対話となりました。
おわりに
ケアの生理学から半透膜へ、住宅政策の百年から憲法13条へ、そして一人のお年寄りとの時間から、地域を耕す実践へ。分野も世代も異なる登壇者の言葉が、「福祉と建築」という一点で幾度も交差した一日でした。機材のトラブルもありながら、会場とオンラインの皆さまのおかげで無事に終えることができました。ご参加・ご出展いただいたすべての方に、心より御礼申し上げます。
基調講演:飯田大輔(社会福祉法人福祉楽団 理事長)/大月敏雄(東京大学教授) クロストーク:飯田大輔・大月敏雄・村瀬孝生(宅老所よりあい統括所長)/馬場拓也(社会福祉法人愛川舜寿会 理事長)・伊藤孝仁(AMP/PAM)・猪瀬浩平(明治学院大学教授・見沼田んぼ福祉農園事務局長) 進行:大谷匠
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