ケアする椅子プロジェクト 第1回企画会議

高齢者施設に一歩足を踏み入れると、同じかたちの椅子がずらりと並んでいる——そんな光景は、けっして珍しくありません。食事も、休息も、作業も、リハビリも。一脚にあらゆる役割を背負わせた「万能の椅子」が、いつのまにか空間を“施設らしく”してしまう。特定非営利活動法人 福祉と建築は、この当たり前を問い直す家具開発「ケアする椅子」プロジェクトを始動しました。このたび、その第1回企画会議(キックオフ・ブレインストーミング)を行いましたので、内容をご報告します。

なぜ、いま「椅子」なのか

2040年に向けて、全国で約2,000の特別養護老人ホームが大規模改修の時期を迎えるといわれています。市場規模は2.2兆円とも試算されますが、入居者が暮らしながら躯体をつくり替える「居ながら改修」は、そう簡単ではありません。工事の音や埃、動線の制約は、そのまま入居者の日々の生活に重くのしかかります。

そこで私たちが着目したのが、建築と暮らしのあいだにある「家具」という中間領域です。壁や床を動かさなくても、椅子やテーブルのレベルから整えることで住環境の質は確かに変わっていく——ケア職にとって身近で、更新しやすい“環境の1つ”だと考えました。

ところが、その選定も簡単ではありません。高齢者施設では100脚単位の椅子が必要となり、その一脚一脚に「食事・休息・作業・リハビリ」のすべての機能が求められがちです。あれもこれもと足していくうちに、椅子は重く、野暮ったくなり、空間は「施設感」を帯びていく。しかも、座り心地の合わない椅子は、誤嚥や褥瘡、居室への引きこもりといった“望まないケア”さえ招きかねません。均質な椅子で埋め尽くされた空間を、どう解きほぐすか。それが、私たちの出発点でした。

多職種で「椅子への要件」を持ち寄る

第1回会議には、看護・理学療法・医療・介護・保育・建築・設計・リサーチと、異なる専門を持つメンバーが集まりました。それぞれが現場で見てきた景色から、椅子に求める要件を率直に持ち寄る。立場が違えば、見えている課題も、思い描く理想の一脚も、まるで異なります。主な論点は、次のとおりです。

  • 姿勢と身体(理学療法・医療)——仙骨や下部腰椎をピンポイントで支え、「骨盤を立てる」こと。深すぎない座面と、足裏がしっかり床につくこと。この二つが、立ち上がりやすさや、誤嚥を防ぐ前傾姿勢を助けます。
  • ケアの現場(看護・介護)——「万人に合う椅子は存在しない」という前提に立ち、居心地とカスタマイズ性を重視すること。着脱・洗濯できる座面などのメンテナンス性、杖ホルダー、そして何より「調整に手間がかからない」ことが、日々のケアを支えます。
  • 対話と居場所——人は、正面で向き合うよりも、横や斜め45度の関係のほうが話しやすいことがあります。座る向きや居場所を“選べる”ことが、他者との交流や、主体性の回復につながります。
  • 発想の転換(ケアする椅子? ケアされる椅子?)——「立ったまま使える車椅子」といった海外事例の共有に加え、大胆な問い直しも生まれました。椅子が人をケアするだけでなく、人が椅子を手入れし、愛でる。“ケアされる椅子”という関係の反転が、高齢者に役割と日々の運動を取り戻すのではないか、と。
  • とらえ直し——椅子を「1脚の家具」としてではなく、「大量の木製手すりが並んでいる」ものと考えてみる。座るためのものであると同時に、立つ・支える・つかまるための“手がかり”の集合でもある、という見方。

見えてきた方向性:70% と 30%

一日の議論を経て、焦点はしだいに定まっていきました。「1種類ですべてを賄う椅子」から、「役割を分ける」という発想への転換です。

空間の大半(およそ70%)を占めるのは、主張しすぎない“背景としてのスタンダードな椅子”。そこに、居場所や役割をつくる“ニッチな役割を持つ椅子”(およそ30%)を、意図的に描き分けて置いていく。均質さで満たすのではなく、濃淡でしつらえる。

この70%の椅子は、既存の優れたものを個別のケースに応じて“選定する”ことが重要で、福祉と建築としては30%の椅子を企画し、現在基本設計中です。

「ケアする椅子」は、まだ始まったばかりのプロジェクトです。一脚の椅子から、暮らしの風景をどこまで変えていけるのか。今後の進捗も、随時ご報告してまいります。

プロジェクトメンバー
大谷匠
看護師 / 福祉と建築 代表 / 医療法人医王寺会 理事
看護師。医療法人医王寺会 理事。看護大学卒業後、株式会社シルバーウッドにて、厚生労働省 社会・援護局補助事業 介護のしごと魅力発信等事業の事業責任者・沖縄県八重山郡での訪問看護事業・VRを活用した企業向けDiversity&Inclusion研修等を担当。2022年4月からは、医療法人医王寺会にて医療福祉の複合施設の企画・運営や訪問診療・訪問介護の運営等を行う。
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林恭正
建築家
1994年東広島市生まれ。2018年ドレスデン工科大学建築専攻特別派遣研究生を経て新潟大学建築学博士前期課程修了。2019〜2023年横浜の設計事務所 tomito architectureチーフアーキテクト。2024年、建築を軸に歴史・文化・慣習を編集し新たな価値を創造・発見する株式会社ArchTankを設立。「福祉と建築」副代表。
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黒田晃佑
デザイナー/木のディレクター
2019〜 株式会社飛騨の森でクマは踊る にて家具・内装空間の設計制作を行う。
2024 山の資源を用いた什器
2023 福祉施設のテーブル
2023 家具と暮らしのアップサイクル
2023 森の案内からはじまる家具作り
2021 森のクレヨン
2023〜 ヒメシャラ映劇 岐阜県飛騨高山エリアを拠点に映画の上映を行う。
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北川景都
医師・浅井東診療所 副所長
京都府立医科大学卒業
川崎市立多摩病院 初期研修修了
関西家庭医療学センター 家庭医療学専門医コース 修了
北海道家庭医療学センター フェローシッププログラム在籍
日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医/日本専門医機構 総合診療専門医
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河村由実子
理学療法士・ライター/コミュニケーター
ICUをはじめとする急性期医療の現場で8年間勤務。2019年に「リハビリの輪をつなげるメディア・リハノワ」を立ち上げ、国内外の医療・介護・福祉現場やリハビリテーションに励む人々を取材し、記事を執筆する。また、社会参加を支える地域づくりにも関心をもち、移動支援やユニバーサルツーリズムの推進にも取り組む。2022年からは広島県福山市の地域おこし協力隊として、関係人口の創出をミッションに活動中。
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工藤綾乃
東洋大学 人間環境デザイン学科 設計指導助手/早稲田大学大学院 人間科学研究科 博士課程
設計指導に従事しつつ、博士研究として地域に開かれた就労継続支援施設における環境デザインを研究。空間の構成や利用者の居方に着目し、場の作り方から使いこなし方までを含めた在り方を明らかにすることを目指す。
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仲宗根和也
看護師・保健師・介護支援専門員
2017年〜2018年 千葉県の看護大学を卒業後、千葉の二次医療圏の病院に就職。病棟看護師として勤務する中で「暮らしの中のケア」に強く関心を抱き、退職。
2018年〜現在 社会福祉法人 福祉楽団に入社。
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